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上田桃子プロの振幅

 皆様、明けましておめでとうございます。
 このブログも長いお休みを頂きまして、昨年は恒例の「今年の重大ニュース」
もサボり、慌ただしい中で年が暮れて行きました。ブログというものは、マメ
に更新をしている時は、それが当たり前のことのように日常のなかに組み込ま
れているのですが、少しばかり休んだだけで、書いておきたかった私の瑣末な
ことなど容赦なく置き去りにして、世の中は猛烈な勢いで進んで行き、わたし
は唯々呆然とその動きを見守るばかりといった心境になります。
 暮れの多忙の中、なんとか大掃除も済ませ、マッタリとお正月の緩やかな
時のなかに身を委ねていると、ふとこのブログのことなども思い出し、ノソ
ノソとパソコンの前にたどり着いた私でした。まるで、冬眠するつもりが間違
えて目覚めてしまったクマのように……。

 昨年もいろいろな事がありましたねぇ。世の中のニュースも大変な一年でし
たが、私にとっても実に多くのことがありました。その中から、やはり新年
早々の記事なので、上田桃子プロのことを書きましょうか。

 2011年の桃子プロは、私にとって二つの重大ニュースとなりました。一つは
勿論ミズノの劇的な優勝です。この時をどれほど待ちかねたか。……しかし、
この事は書き出すと止まらなくなりそうなので割愛!
 もう一つの、私にとって忘れられない桃子プロのニュースを書きましょう。
それは、同じミズノでのことでした。桃子プロは優勝インタビューでこのよう
に言いました。
 「勝てる日はこのままずーっと来ないのかなぁと思っていて……」
 「クラブ置こうか、後半出るの止めようか……」
 この発言には本当に驚かされました。二重の意味での驚きでした。もちろん
この二年間勝利から見放され、膝の故障やスイング改造などなど実に多くの
難関も有り、数字的な結果も思わしくなく、さぞや辛い日々であろうとは、
桃ファンの誰もが思っていたことでしょう。しかし、桃子プロのブログには
前向きの言葉も有りましたし、これほどの悩みの深淵にあるとは思いもよらぬ
ことでした。古閑美保プロの引退報道や、大山志保プロの引退すら懸念された
肘の故障(その後見事にマスターズGCレディースで優勝)、われらの桃子プロ
さえ、考えたくもない「引退」という言葉が、突然身近なことになる可能性が
あることに気付かされた、胸の奥深くまで浸透してくる重い言葉でした。
 更に、あまりにまっすぐな心情の吐露にも驚きました。これは、「全米オー
プン、勝ちます!」と言い切った同一人物の発言です。今まで桃子プロは、
色々と勝気な発言が多く、見方によっては大風呂敷と取られかねない場面も
有りました。無論、これらの発言は自分を鼓舞させるための意味も含んでい
るのでしょう。私はこれらの発言を聞きながら、「その心意気や、良し!」と
思う一方、もう少しオブラートに包んだ言い方の方が……とも感じていまし
た。しかし、ミズノの発言は、こんな私の思いを根底から払拭してしまう
ものでした。それは、桃子プロの発言が、何時どのような場面でも、自分の
気持ちを本当に真っ直ぐに表しているのだということの、確証を得たような
ものであったからです。「全米オープン、勝ちます」と「もう勝てないかも…」
との大きな振幅の差は、如何に彼女が自分の気持ちに正直であったかの証左
でもありました。
 一体に、人はその発言によって生じる影響やリスクを考え、敢えて本心は
押し包んで当たり障りのない発言に終始しがちです。まして、注目度の高い
トッププロゴルファーとなれば、尚更でしょう。しかし、思い返すと、桃子
プロはずーっと自分の気持ちを正直に発言してきたのですね。「全米OPを
勝つ」と言う時は、本当にそう思っているから、そして自信もあるから言うの
であるし、「クラブを置く……」と言うのは、本当に心が折れそうだったから
言うことになります。
 以前桃ママがTV番組でおっしゃっていました。
 「あの子はそういうことに無防備なんです」
 たしかに私もそう思います(笑) けれど、その自分に対する正直さがどれ
ほど桃子プロの魅力を引き立たせてくれたでしょう。大きな夢を語り、自信
が有るときにはきっぱり「勝つ!」と言い、自分が奈落の底でもがいている時
の自信の無さをも口にする。これほど正直で真っ直ぐなプロゴルファーって
……………いますか?
 私は、私の応援するプロゴルファーが上田桃子プロであったことが、嬉し
くって仕方がない。それは、ゴルフスタイルやテクニックだけではなく、彼
女の生き方そのものを応援出来るプロだからです。もちろんこれから考え方
や生き方も変わってくるかも知れない。あるいは、このまま突っ走るかも知
れない。けれど、彼女が目標を見失わない限り、上田桃子というプロゴル
ファーはその特異な魅力をもって、女子プロゴルフ界にいつまでも輝き続け
るのではないでしょうか。
 ミズノでの発言は、あまりに優勝の感動が大きくて、その引き立て役に終
わった感がありましたが、私には本当にショッキングな、様々なことを思い
起こさせる内容でした。

 
 さて、冬眠から間違えて目覚めてしまったクマは、どうしたら良いでしょ
う。寝正月、もうひと眠りしちゃおうかな。


 


一念発起!

 唐突ですが、英語を覚えようと思います。私の英語力は、以前このブログで
も書いたとおり、無きに等しいです。覚えてる単語は「サンキュー」「グッド
バイ」えーと、それから「ナイスバーディー」……ハハハッ。きっと、アメリカ
の3・4歳の坊主どもにも敵わないでしょう。少なくとも彼らはママに自分の
意思を伝えること位はできるのですから……。
 では、なぜこんな半ば無謀とも思えることを考えたかと言いますと、実はアメ
リカに行ってみたいと思うようになったからです。アメリカで戦っている上田
桃子プロを見てみたい。願わくば、彼の地で優勝する姿を見てみたいと思うよう
になったのです。
 ミズノ、伊藤園と、上田桃子プロのゴルフを観戦しました。そこには今まで
とは別人のような女子プロゴルファーがいました。私の眼は相当節穴に近いも
のがあるのですが、直感だけはかなり自信があります。これならアメリカでも
絶対やれる、勝てるゴルフだ! と感じました。そんな風に思っていたら、急
に、なんとしてもアメリカに行きたくなって来ました。今までは、仲間が行く
と知っても、あまり現実に行こうとは思いませんでした。行ければいいなぁ…
…などと消極的な憧れの世界に留まっていました。けれど、行くなら今だ!と
いう確信が芽生えて、その後は呆れた唐突さで、アメリカ行きが現実感を伴っ
てきました。まぁ、私の行動はいつも計画性がない衝動に満ち溢れているので
すが……。
 そんな訳で、せめて行くのなら日常会話の意思疎通が、片言でも出来ればと
思い立ったのです。もちろん、思い立ったのが今日ですから、今後どうなるか
は本人すら分かりません(笑)
 思えば、桃子プロの観戦で、日本の各地を訪れました。当初は新幹線の乗り
方さえ覚束なかった私が、今ではすっかり旅慣れしてしまって、飛行機すら
戸惑わずに乗れるようになりました。九州や北海道などとても遠いと感じて
いたのが、案外行く気になってみると、近いものであることも新鮮な発見で
した。なんだ、これなら外国もアメリカもその気になるかならないかだな…
…と思うようになった次第です。これまでも外国に何回か行きましたが、そ
れはツアーの一員としてゾロゾロと集団について行っただけのことでした。
まぁ、いきなりは無理でしょうが、いずれ片言でも会話ができるようになっ
たら、一人でアメリカに行くのも悪くはないな……なんて、まだ何も始まっ
ていないのに、お調子者の空想は際限もなく無く広がるばかりです。
 
 ところで、英会話って駅前留学しないと駄目? なにから手ぇ付けていい
のか、さっぱり分からんな。 半年後が楽しみなおっちゃんであります。


 


心技体

 先週ミズノ・クラシックで長い長い苦悩の日々に終止符を打った上田桃子
プロは、今週「伊藤園レディース」に臨みました。関東以北での試合はこの
大会で最後です。3打差を追いかける展開で迎えた最終日、観戦に行ってき
ました。
 残念ながら、結果は2打及ばずの3位T。以前上田桃子プロが「思いっきり
がよくて、気持ちのいいゴルフ」と誉めていた藤本麻子プロが初優勝を果た
しました。
 それにしても、結果はともあれ、上田桃子プロのゴルフは凄いゴルフでした。
上手く説明できないのですが、心技体調和したゴルフを体現しているように
感じました。余計な感情や思惑などを捨て去って、必要なことだけに集中す
る澄んだ心。長いこと苦闘しながら身に付けた修練を積んだ技。それを支える
逞しくなった体幹。……ファンの贔屓目といっていただいても結構。今の上田
桃子プロは、現在日本の女子プロゴルファーで一番強いと思います。長い長い
苦難の日々でしたが、それに負けずに前向きにもがいているうちに、とんでも
なく強くなっていたのではないでしょうか。無駄な四年間ではなかった。無為
に過ごした四年間ではなかった。とてつもないポテンシャルを秘めながら、荒
削りで、勢いだけで勝っていた大器が、今ついに精緻に研ぎ澄まされて、その
片鱗を見せ始めたのだと思うと、私は身内の奥からふつふつと湧き上がってく
る静かでしかし熱く重い感動を抑えられません。

 ところで(と、ここでガラリと変調)、ミズノの録画は何度見ても泣かされ
ますが、優勝が決まったあと、仲間のプロたちと抱き合い、思わず大粒の涙
を流しながら、カメラの放列に行き場を失い、涙をぬぐいながら「どうしたら
いいの」とつぶやいた桃ちゃん、なんて可愛いんだろう。私はこの場面を見る
たびに泣き笑いになって、顔がクシャクシャになってしまう。これは上田桃子
プロではなくて、「桃ちゃん」そのものだよね。
 実は、以前から決めていた事がありました。それは、今度桃ちゃんが勝った
ら、「上田桃子プロ」と敬意を込めて呼ぼう!  トッププロに対して「ちゃ
んづけ」は失礼だろう……というものでした。ですから、前回のミズノの記事
も「上田桃子プロ」の呼称で通しました。けれど、あの泣き笑いを誘うシーンは
どうしたって私の中では「桃ちゃん」以外の何者でもありません。だから、当
ブログの本文ではこれからも敬慕の念を込めて「上田桃子プロ」と書きますが、
日常会話やコメントなどは、やはり「桃ちゃん」になってしまうんだろうなぁ。

 上田桃子プロの試合も、今年はあと2戦で終了です。この2戦、日本で心置
きなく闘って、来年からはまたUSツアーで世界を掴む旅がはじまることで
しょう。彼の地には、ミズノには来ていなかった強豪たちが大勢います。今度は
そこでの勝利が目標です。どんな大会でもいいから、まず一勝! そこからUS
WOPへの勝利が見えてくると思います。
 今日本女子ゴルフツアーは韓国勢に席巻されています。だから、上田プロにも
日本で戦ってほしいという意見を耳にしたりします。けれど、私は是非アメリカ
で戦って、何勝もしてほしいと思っています。藍ちんやミカちゃんと大暴れして
それから帰ってきたって決して遅くは無い。遠回りのようだけれど、結局はそれ
が日本ツアーの格上げに直結する近道だから……。それに、なによりそれが上田
桃子プロの夢なのだから……。


待ってたよー!

 大歓声!地鳴りのようなどよめきと拍手。その会場にいた殆んど全員と
言ってもいいでしょう。上田桃子プロのウイニングパットが決まった瞬間
大観衆が大声で、或いは言葉にならない感嘆の雄叫びを上げ、会場は割れ
んばかりの拍手に包まれました。皆が上田桃子プロの優勝を応援し、祝福
した末の、かつて聞いたことがないほどの大歓声でした。国内では二年ぶ
りとなる、ミズノクラシックを征した上田桃子プロの優勝の瞬間の様子です。
 プレーオフの相手はフォン・シャンシャン。日本でも勝っている中国の
選手です。上田桃子プロの相手が日本人選手であったら、また全く違う様相
のプレーオフが展開されたのだと思います。しかし、図らずも上田プロの
相手は日本人ではありませんでした。今大会、上田プロは、#9ホールの
ギャラリーの頭直撃バーディーをはじめ、ナイスキックなど、幸運に恵ま
れました。今まで散々アンラッキーを味わってきた上田プロが、やっと
「桃子の日」なるその時を迎えたのを実感しました。そして、最後のラッ
キーが、このプレーオフの状況であったと思います。プレーオフ1ホール
目、2ホール目……、回を重ねるごとに上田桃子プロに対する声援が増え
て行きました。もちろんフォン選手もいいプレーを続けていましたから、
その毎ショットに多くの拍手が起きました。(日本のギャラリーは素敵で
すね)けれど、お互いパーで再びティーグラウンドへ向う時のギャラリー
の声掛け、声援は、上田桃子プロ一色に染まりました。正に、会場全体が
上田桃子プロ応援団と化したようでした。私はその多くの声援を聞きなが
ら、まだ結果も決まっていないのに、熱いものが込上げてくるのを止める
事が出来ませんでした。桃子プロが最後のパットを決めた瞬間、私が聞い
たことも無いような大歓声が起きたのも、実に多くのギャラリーの気持ち
が桃子プロに集中していたからこそであったと思います。アウェイで戦っ
たフォン選手にはとても厳しい戦いでした。しかし、上田プロのファンと
しては、この大歓声は、終生忘れ得ぬ感動的な瞬間でした。

 ここに赤ワインがあります。これは以前当ブログでも触れましたが、私
たちネットで知り合った桃子プロのファンが、初めて神戸で集結して、皆
で応援観戦をして、その際、「今度桃子プロが優勝したら空けよう」と言っ
て封を切らずに置いていたワインです。あれから何年経ったのでしょうか。
あれから何回ネットで応援して、あれから何回現地に応援に駆けつけたこと
でしょう。このワインは決して熟成を要するようなハードなワインではあり
ません。ですから、本当は早く飲んだほうが美味しいということも分かって
います。そして、封を空けてみたら、相当苦さや酸っぱさが際立ってしまっ
ているかも知れない。それはちょうど桃子プロのこの数年の苦渋や重圧や、
もがき苦しんだ日々を象徴するかのように……。けれど、私は、それでも
このワインが極上の味であることを知っています。なぜなら、このワインは
仲間の思いが凝縮されているのだから……、そして、昨日の勝利がその苦さ
や酸っぱさと甘く融合して、これ以上無い極上の味に仕上がっているのだ
から……。

 今、このワインの封を解く日がきたことの幸せを噛みしめています。今日
はスポーツ紙を5紙買って来ました。(アホやねー) それをじっくり読みな
がら、この極上ワインを楽しもうと思います。

 桃ママ、そして何と言ってもパパ、桃子プロに元気を与えてくれて有難う
ございました。彼女が諦めない限り、ファンもお供いたします。

 上田桃子プロ。
 本当に本当におめでとう。
 そして、大きな大きな有難う!


         カンパーイ!


北杜夫さん

 北杜夫さん、あなたが御逝去されていたことを昨朝知りました。もっとも、私も
北さん以上の遅筆ですから、「昨朝」が一週間後になっていることも不思議なこと
ではないのですが……。


 訃報に触れ、実に多くの事柄が思い出されました。15.6才の頃初めて北さんの
著作に出逢って以来、その御本の数々からとても多くのことを教えていただきま
した。特に高校生の頃読んだ「幽霊」と「どくとるマンボウ青春記」からは、多感
な青春時代の私に、生涯影響を与え続けるほどの衝撃を受けました。この本を読
んでいなければ私は文学部を選ぶことも無かっただろうし、この本を読んでいな
ければ旧制高校のバンカラに憧れることも無かったでしょう。もちろん父君斉藤
茂吉翁の歌集「朝の蛍」に出逢うことも無かったでしょうし、「トニオ・クレー
ゲル」という小説にも出逢うことはなかったでしょう。
 思えば、北さんとは多くの共有する心象があったと思います。たとえば作品の
なかによく登場する蝶たち。「幽霊」の中で、蝶好きの少年と出逢うシーンは、私が
全く同じ趣味・嗜好を体験していたからこその、実にリアリティーに溢れた挿話で
した。
「『おいおい、ウスバシロチョウ。あんまりのきすぎやしませんか』と、僕は胸の
うちで呟いた。『今だからいいようなものの、ここにいる人間は昔はちょっと残忍
な男だったんだぜ。お前の同類を数しれず殺戮したんだぞ』」
そして、この後の少年との会話。
 「見る見る、彼の瞳には新鮮な歓びがあがってきた。」
 このエピソードは、実は私は詳細を語るのが少々煩わしいのです。なぜなら、
同好の人以外には、この挿話の共鳴感がなかなか伝え得ないと思えるからです。
 あるいは、山への畏怖と憧憬。北さんが終戦間もない頃、島々から森閑とした道
を徳本峠へ登られて、そこで神々しい穂高の威容に、思わずぺこりとお辞儀をした
文章は、これも山に登った人間でなければ分からない思いだという気がいたします。
 そのほか、北さんのご本を読んで、感じた事考えた事どもは本当に限りが有りま
せん。しかし、それは莫大な断片ばかりで、しかも全く多岐にわたっているものです
から、私はあなたの全体像の一部すら照らし出す事が出来なくて、今、申吟して
います。もちろん、私の非力さは重々承知してはおりますが……

 あなたが文学の一大要素としてユーモアを提唱されていたのも、印象深く覚えて
おります。辻邦夫さんとの対談集を拝読したときの新鮮な感覚は、つい昨日のこと
のようです。
 あなたとの余りの想い出の多さに、逆にそのどれを書いたらいいのかすらまとめ
られません。あなたとは直接お目にかかったこともありませんし、私はあなたの
ただの一読者でしかありません。しかし、心酔したとはいえ、これほど読者に影響
を与えていいものでしょうか。もっとも、あなたがT,マンに影響をうけたことの
きっと数十分の一程度なのではありましょうが……。

 あなたがお亡くなりになって、日本文学界にとって、大きな損失となりました。
いえ、お世辞ではなく、もうお忘れやも知れませんが、これはあなた御自身のお言
葉ですよ。……こんなことを飄々とおっしゃるあなたが大好きでした。

 天国に召されて、もうウツに苛まれることもないですね。それに、辻邦夫さん
はじめ、親しい方々とも、またお会いできるじゃないですか。こんどは天国について
また辻さんと対談集だしておいてくださいね。私がもし天国に行けたらきっと読み
ますからね。(あまり行ける自信がないんですけど……) それに、おっかない、
そして偉大なお父上にもお会いできますね。
 「宗吉、おまえは天国でも医者になれ!」なんて、また説教されたりして……

 北杜夫さん、あなたが私に教えてくれた事はそれこそ書ききれません。「青春記」
で、私は始めて次の言葉を知りました。


 「憧れをしるもののみ、わが悩みを知らめ」


 

 今、私は、私が一生大切にしてきたこの言葉を書き直して、あなたに捧げます。

 

 

 

 「北杜夫を知るもののみこそ、わが悩みを知らめ」


 

 

 

 北杜夫さん、本当に本当にありがとうございました。
 


ゼントウヨウ?

 長い休暇をいただいたお陰で、本も何冊かゆっくり読むことが出来ました。茫漠
たる時のなかで、好きなだけ読み進み、疲れては寝て、目覚めてはまた読み進む。
そんな、学生時代以来の優雅で贅沢な時を過ごすことが出来ました。日々時間に追
われていた三十数年間、ついぞ叶わなかった至福の時間でした。
 
 その幾冊かの本の中でも、特に興味深かったのが、和田秀樹氏の著された(「思考
の老化」をどう防ぐか)※という本でした。この本は、実は旅の途中の時間つぶしと、
最近の物忘れの酷さの防止とを兼ねて、安直なハウツー物としてふと購入してし
まった本でした。ところが、読み出してみるや、物忘れの老化防止といった個人の
悩みどころではなく、日本全体に進行しつつある短絡的な考え方、あるいは二者択一
的な決めつける考え方に警鐘を鳴らしている、多くの示唆に富んだ著書でした。
 その思考不全といった状態を、和田氏は前頭葉といった脳の部位の機能にからめて
とても分かりやすく描き出しています。時折出てくる精神医学用語も、その内容を
難しくするのではなく、深い造詣に裏打ちされた専門家のもつ安心感をともなって
妙に納得させられてしまいます。本当は、本書は、そのような権威的なものへの依
存を戒めているのですが……。
 それにしても、前頭葉の活性化にとって、好奇心こそ重要だというくだりは、好
奇心の塊をもって任じている私にとって、正に我が意を得たりといった心持ちでし
た。前頭葉という機関は、30、40代からすでに退化が始まるらしいのですが、何事
にも興味が薄れてくるのはその兆候らしい。その点だけは、私は今のところ無事の
ようです(笑)
 前頭葉という機関は他の動物と比べ、人間特有の機関だそうです。つまり、前頭
葉が、人間らしさを生み出しているわけですね。そのような大切な機関が知らない
うちに老化しているとしたら、怖いですね。この本は具体的エピソードにも富み、
とても分かりやすい文章で、著者の別の著作も読みたくなるほど面白かったです。
きっと一読されれば、あなたも白か黒かの二者択一ではない、無限の巾をもつグレ
ーゾーンの曖昧さへ入り込めるでしょう。えっ、曖昧はいやだ? それはすでに
前頭葉の老化が始まっている証拠ですよ………と、この本は言っていました。

※ PHP新書 和田秀樹著 「思考の老化」をどう防ぐか 

 

 


定山渓

 時は流れ、若く華やぐ時代もいずれ老残の時代を迎える。今、時を欲しい
ままに生きていても、やがて、その残された時間に愕然とする時がやってくる。
 あれほど長く果てしの無い休暇と思われていた私のスーパー連休は、ついに
今日で終了の時を迎えた(なんだ、休みが終わった嘆き節か!くだらねぇ!)
 
 そうなのです。思いがけず戴いた3週間の休暇も、今日で終了となりました。
お陰さまで、本当に楽しい3週間でした。最初の週は名古屋で桃ちゃん三昧。
2週目は北アルプスで無念の撤退。これはそれなりに楽しかったのですよ。
長く逗留するのも、簡単に撤退するのも自由というのは、それだけで時間が
たっぷり有る贅沢ですからね。
 そして3週目、北海道に行って来ました。前週空振りに終わったマーちゃん
の活躍の場を求めて、紅葉を追ってみました。十分下調べはしたつもりでした
が、天候もあまりぱっとせず、ここぞと思った絶景はバスの車窓からだったり
なにやら噛み合わない旅になってしまいました。しかし、マーちゃんの能力・
性格などかなり分かる事が出来ましたし、有意義な旅ではありました。
 最後の一日、飛行機が夕方だったので、定山渓温泉に寄ってきました。北海
道のTVで紅葉が見ごろとのことだったので、最後は空振りを避けてのミーハ
ー観光客に変身です。以下はその定山渓温泉を中心とした、ミニ撮影紀行です。


 定山渓温泉へは札幌からバスで一時間少々。案外近いところでした。実は、定
山渓温泉は小学生の時からの憧れの地でした。小さい頃、蝶が好きで、毎日図鑑
とにらめっこをしていたのですが、その大半の蝶の生息地や食草、羽化の時期な
どをそらんじられるようになってくると、どうしても憧れは遠方の特産種になっ
て行きました。特に北海道は特異な存在で、本州では高山蝶の仲間のコヒオドシ
などが、緯度の関係で平地にもいるらしいことなど、信じがたい誘惑に満ちた地
でした。特にシジミチョウの一群は種類も多く、可憐でエレガントな姿態から、
憧れの中心でした。「ジョウザンシジミ」はその中でも一目見てみたい種の代表格
で、翅表に現われる黒地に青の渋さは、子供心を陶酔させるに十分の魅惑的な輝
きを放っていました。
 ジョウザンシジミは定山渓で最初に発見されました。春から初夏の蝶ですから
もちろん紅葉の真っ盛りの頃訪れてもその姿を見ることは出来ません。それでも
この地を訪れたくなったのは、小さい頃の火照りのような憧憬心が呼んだのかも
知れません。

 最初は一応北海道に来たよ~的な記録写真。
美馬牛という変な名前の無人駅から歩いたら、四季彩の丘って所に出たので、一応
パチリ。

 

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 で、定山渓の紅葉の写真。

 

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 以上駆け足UPでした。マーちゃんはさすがフルサイズ。ブログの制約でその
全貌をお伝え出来ませんが、原画はなかなかのものです。それに、難しい要求を
しなければ超簡単カメラです。ディップ君もたまに(?)味わい深い絵を描きます
が、マーちゃんに比べると数段気難しいですね。もっと二人とコミュニケーション
をとって、以心伝心の仲にならなくては……。

 さあ、明日から仕事だぁー!

 


高山の教え

 山に行ってきました。昔登った懐かしい鹿島槍に一目会いたくて、扇沢
から柏原新道を登ってきました。
 今回はマーちゃんとの山行。彼女がどんな絵を描いてくれるかとても
楽しみです。
 
 信濃大町で前泊し、扇沢に着いたのは、時雨降る早朝でした。天気予報で
雨は覚悟していたので、そのまま気にせず登りはじめました。明日からの
天気は十分回復が見込まれ、折からの連休とも重なり、多くの人出が予想
されました。混む前に登ってしまおうという姑息な作戦です。
 種池山荘までの柏原新道は、とてもよく整備されていて、特に急登もなく
良い道でした。さすがに北アルプスの稜線に出る登山道ですから少々長いけ
れど、昨年登った瑞牆山に比べたら、よほど瑞牆山の方が険しい道でした。
 それにしても、マーちゃんの重いこと! 今までディップ君といっしょに
山に行った時は、彼を片手に気楽な登山。よい所があったらその場でパチリ。
しかし、マーちゃんを片手にぶら下げながら歩くには彼女は余りに重く、レ
ンズ達と共にザックの中へ……。それに、マーちゃんを片手では、転んだ時
のリスクが大き過ぎますからね。もちろん私の身体ではなく、マーちゃんの
ためです。 新妻への気遣い……なんちゃって。
 しばらく登ると、雲は相変わらず低く垂れ込めているものの雨はほとんど
止み、扇沢の駐車場が下のほうに小さくなって見渡せます。これは明日は天
気予報通り好天だわぃなどと勝手にほくそ笑み、更に頑張って登りました。
 ところが、種池山荘のある稜線に近づくと、突如大粒の雨が降り出したり
風は強烈になるは、視界はほとんど利かず気温は急激に下がるは、もう全く
の別世界。這う這うの体で小屋に転がり込み、取り敢えず温かいラーメン
注文! やっと一息つきました。
 行ければ冷池小屋までと思っていたのですが、急ぐ旅でもないので、天気
が回復する明日に行動することにして、今日はここに泊まることを即決。い
つもでしたら、荷物を置いて小屋の周辺の撮影などに出歩くところですが、
外は何も見えず、雨交じりの強風が吹き荒れるばかり。昼過ぎたばかりだと
いうのに、着替えをしてすぐ布団に潜り込んでしまいました。
 しかし、寝入ったのはいいのですが、どうも寒い。それも尋常な寒さでは
なく、震えが起きるほどのさむけ。ひょっとして大量の汗をかいて寒さに触
れたから、風邪をひいたかも知れないと夢うつつに思いながら、ガタガタ震
えながら布団に包まっていました。
 やっと夕食の時間になり、一階の食堂に降りてみると、なんとストーブを
ガンガン焚いていました。なんだ、風邪じゃないや……などと変な安心。
 宿泊客は一桁。ははは、平日最高。(天候のためか?)
 例の如く大盛り三杯の美味しいご飯を平らげ、「明日から連休にかけて行楽
日和の好天に恵まれるでしょう」という天気予報もしっかり確認し、あとは
寝るだけ。いつもは夜更かしの私ですが、不思議なことに山登りのときは
すぐ寝られるのです。
 ところが、寝入りばな、突如身体が沈むような衝撃で始まる大きな地震。
皆テレビの前に集まってきて不安顔。最初に少し揺れて段々強くなる地震は
震源地が遠く、いきなり来る地震は震源地が近い……高校の時地学の先生が
言っていたことを思い出したりする。
「深度は3、震源地は長野県北部、富山県境」
テレビの画面に、「今のが3ってこたぁねえだろう」とか、「おいおい、この
真下じゃないか」と喧々諤々。何となく皆で頷きあったりして……。
 実は前日泊まった信濃大町の旅館でも、夜に二度大きな地震があったところ
でした。近くの村が深度4。私は丁度風呂に入ろうとしていたのが、出鼻を
くじかれた格好になって、しばらく風呂に入れなくなってしまいました。
入浴中の地震は困りますよね。シャンプー中だったら、逃げるか洗い流す方
が先か、きっとみんな大いに迷うよね。
 そんなこんなで、どうも大変な旅行になってきた予感。いくら疲れている
とはいえ、7時過ぎには寝てしまったから、夜中に何回か目覚める。その度に
外では小屋全体が震えるほど突風が吹き荒れ、バラバラと雹のようなものが
激しくあたる音がしている。天気予報に一抹の不安がよぎる。
 一夜明けて、窓の外は一面見事な雪景色。相変わらず激しい風が、白い物
を運んでいる。山に登って初めて撮る写真はこんな写真になってしまいました。

 

 


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 取り敢えず食事は済ませ、(いつでも美味しい山のご飯)、身支度も済ませ
たものの、さて一体どうしたものだろう。アイゼンはあるし、装備も万全。
爺が岳を越えて冷池小屋までは行けるだろうけど、天気が好転するような兆し
は全くないし、写真が撮れないなら行っても意味ないし……(逡巡!)
 しばらく小屋のストーブの前でぼんやりしていたら、扇沢から登ってきた
第一陣到着。若いカップルでとても軽装。下はいい天気だそうで、あたりの
状況にとまどってました。おーい、気象庁!……と言いたいところだけど、こ
れが高山ということなんですよね。結局10時過ぎまで小屋でゴロゴロして
いて、昨日とは打って変わった扇沢への道を下りました。もちろん翌日は快
晴という可能性もありましたが、早くマーちゃんの描く絵をみたいという思
いの方が強く、下山の決心をしました。
 下るほどに雪は淡く、やがて針ノ木、餓鬼岳方面の山容も中腹あたりまで
眺められるようになりました。山頂付近の雲は厚く、いっかな全容の眺望は
望めそうもありませんでしたが、下山道には時折陽も射し、遠方の山腹には
一筋の光りがあたる瞬間もありました。決して満足できる被写体ではなかっ
たのですが、無理やり何枚かの写真を撮りました。


 

 

 

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 向こうの斜面に陽が射すのを長いこと待って撮ったりしていたので、驚く
ほど時間をかけてやっと扇沢に着きました。今回はどうにも不本意な、消化
不良の旅になってしまいました。マーちゃんのことなども色々書きたいので
すが、それはリベンジ戦のときに譲りたいと思います。


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